HOME > シビック通信 > DEKIコラム

3.11から何を学ぶか

街区公園仮設トイレ・浦安市

▲街区公園の災害用仮設トイレ(千葉県浦安市)

近隣公園仮設トイレ・浦安市

▲近隣公園の災害用仮設トイレ(千葉県浦安市)

日比谷公園

▲最大13万人が避難してきた日比谷公園(東京都千代田区)

花園西公園

▲地震発生直後、近隣のビルから面積約1,000m2の公園にも大勢の人が避難してきた(新宿区立花園西公園)

東日本大震災の発生から10ヶ月が過ぎた。そして明日、阪神・淡路大震災から17年目を迎える。

東日本大震災が1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災と比べて東北3県の農漁村地域を中心とした津波による被害であったことから、都市公園の役割はそれほど注目されなかった。
しかしながら、発災当日、東京都心では震度5弱の大きな揺れによって都心部の公園や広場は安全を確保する人で混雑し、特に、東京・日比谷公園は近隣のオフィスビル等から緊急避難をする人々であふれ、報道によるとピーク時には約13万人もの避難者が集まったとのことである。

東北地方に比べれば首都圏の被害は格段に小さかったが、大都市部における都市公園が担うべき防災機能と初期対応などの問題点が明らかになった。今後予想される首都圏直下地震への備えとして、発災直後から1日程度の期間に「どのような状況だったのか」、「どのような対応をとったのか」、「どのような問題があったのか」等の公園関係者が対応した情報収集・分析を行い、対応策を検討する必要がある。

都市公園における防災対策に関するノウハウについては、計画・設計・整備に関する技術指針等はある程度充実しているが、発災直後から初期段階のマネジメントに関するノウハウは十分ではなく、今回の教訓を活かす必要がある。

3.11以降、様々な公園を訪ねて公園関係者の声を聞くと、発災直後から1日程度の対応が一番難しく、刻々と変わる状況や混乱の中で、準備していた防災マニュアルと現実の災害対応とのギャップが指摘され、平常時の備えや防災訓練の必要性、現実に即応した対応策の練り直しなどを挙げていた。

液状化現象で下水道が使えなくなった浦安市では、発災当日に身近な公園に災害用仮設トイレを設置できたが、防犯上の不安や恐怖心から夜間の利用を避ける住民が多く、思ったようには役割を果たすことができなかった。この事例から学べることは、災害用仮設トイレを活用してもらうには、安心して利用できるように設置場所、照明など、防犯対策を合わせて検討する必要があるということである。また、衛生上の観点から下水管に直結した災害用仮設トイレを設置するため、道路の活用も検討すべきではとの話も聞いた。

前述の日比谷公園では、地震発生が日中であったため、スタッフの臨機応変の対応で適切な避難誘導ができたこと、テレビやラジオから被害状況や交通機関の運行状況等の情報提供があったこと、日頃から公園の利用状況や公衆電話の設置場所等を十分に把握していたことなどから、大混乱を避けることができたとのことである。

大地震発生直後には安全な場所を求めて公園に避難する人々が集中し、大混乱が予想されることから、公園関係者は今回それぞれが対応したことや問題点できるだけを多く持ち寄って課題と対応策を共有し、日々の公園管理の中で大震災に備える必要がある。

地震発生の時間帯、地震の規模、公園の立地条件(都心部・郊外部、周辺土地利用等)、公園の整備状況や規模等によって対応すべき事項は様々であり、正解と言えるものはないかもしれない。様々な状況を想定して、安全な場所への避難誘導の方法、ケガ人への対応、防災施設の使用準備、災害情報や交通情報などの入手・伝達方法、帰宅困難者への対応、避難状況の把握、公園施設の安全確認など、市民の安全・安心確保につながる万全の備えが重要である。

発災直後から帰宅困難者に対応した現場の生の声を知ることができる貴重な情報源として、(公財)東京都公園協会の「日比谷公園ニュース」(2011年4月10日号)に「2 東日本大震災発災日、3月11日(金)午後2時46分、そのとき日比谷公園は!!」という記事があるので、是非参考にして欲しい。


(2012-01-16)


関連ページ
業務実績 | 防災公園計画・設計マニュアル策定調査
DEKIコラム | 東日本大震災で考えたこと 2011-06-10
DEKIコラム | 地震災害について考える 2004-12-28

▲ PAGE TOP